自己分析のための日記

浪人に失敗し底辺大学へ通っていた男が書いてます

平日の昼間から

久しぶりに授業に遅刻した。いつもより30分くらい遅く起きて、なんだかやる気もでないし、もういいや、というカンジで遅刻した。

授業中の教室を後ろのドアから静かに入る。一番後ろの席に座る。夏休みが終わった頃は遅刻しまくっていたから、遅刻することには慣れているつもりだったけど、なんだか不思議な感覚になってきた。

一番後ろの席だと視力が悪くて黒板がほとんど読めない。やる気も湧いてこない。もういいや今日はサボろう、ってことで平日の昼間から予備校の近所を散歩したり、公園でボーッとしている。お金はないからカラオケなんて行けない。

神社に行って、駄菓子屋に行って、イチョウ並木を歩いて、ホームレスがたくさんいる公園のベンチで無心になった。

自分でもビックリするくらい今日はやる気がおきない。平日の昼間、みんなはやるべきことがあって一生懸命やっているのに、僕はのどかな住宅街を歩いた後、公園のベンチでブログを書いている。不思議な気持ち。空でヘリコプターがバリバリ音をたてている。横で中国人のカップルがイチャイチャしている。

来週は模試があるのに、ずっとボーッとしている。「気が向いたら書いてあげる」とか言ってるが、本当は今は気が向いていない。

このままじゃ大学に落ちるのは分かっているが、熱意が出てこない。なんだかなぁ……

お金で人間性がわかる

CoCo壱番屋がハウス食品の子会社になるのは有名な話だが、ココイチ創始者は株を売却して220億円を得るらしい。

ココイチの創業者は宗次徳二・直美夫妻。夫妻の資産管理会社で筆頭株主であるベストライフの保有分を含む23.17%相当分について、ハウスGはTOB(株式公開買付)に応じる。夫妻は単純計算で220億円のキャッシュを手にすることになる。
今回、壱番屋の株式売却で手にした220億円を基金として財団をつくり、ボランティア活動に充てることになる。

ビジネスジャーナル2015年11月15日 より)


引用元にココイチ創始者である宗次さんの人間性とかがかいてあっておもしろい。別に僕は「自己啓発本」とか「成功者の話」とかが好きな人間ではないけど、今回に関しては全部読んでしまった。


自分が67歳で220億も収入が入ってきたらどうするだろうと考えてみる。たぶん、死ぬまで毎日風俗通いかなあ。


と考えて、自分のクズさにウンザリした。やっぱり成功する人は違うな。ノーベル賞のおじさんも賞金を社会貢献に使っているし。きっと俺は死ぬまで底辺暮らしですわ。


「お金が欲しい、働きたくないけどお金がたくさん欲しい」と常日頃から思っている僕には、一発KOを食らった気持ちになった平日の昼間でした。

好きな建物

バトンリレー参加作品 お題「好きな建物

春のショットガンさんよりバトンを頂きました。
 
 
「好きな建物」ってお題で少し困った。今まで建物自体に注目したことなんて無かったから「好きな建物は何ですか?」って質問されてもスグには答えられないからだ。
 
試しに母と姉に「好きな建物は何?」と聞いてみた。「何でそんなこと聞くのよ」なんて言われたけど一応ちゃんと答えてくれた。母は平等院鳳凰堂、姉は東京タワー。理由は2人とも「なんとなく」とのこと。
 
建物に関する思い出なんかスグに思いつかない。一晩考えて、やっと思い出した。虎ノ門ヒルズを真下からみたときに、ビルの高さに驚いたことがある。「こんなに高いのに、よく重さで潰れたりしないな」とビックリしたものだ。そこで「将来は建築系の学部に進学するのもアリだな」と思ったっけ。下はそのとき思わず写真を撮ったもの。写真だとしょぼいけど間近で見るとスゴいよMAJIDE
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あと、中学生の頃、美術の教科書に載っていたサグラダ・ファミリアをみて「すごい、生きてるうちに本物が見てみたいな」と思った事がある。
 
言語能力が無いので、どう感じたのか言葉に表せない。驚きというか、感嘆というか、そういうのが混ざってるカンジ。「ヤバい」ってやつ。
 
学校の図書館にあった写真集で見た、田無タワー(正式名:スカイタワー西東京)にも同じ間隔を抱いたことがある。
 
でも、どれも「好きな建物」って言うほどでもないな……
 
田舎者で、あまり多くの数の建物に出会ってないからだろうか、建物に関する思い出が少ない。
 
ただ小さい頃から、東京に行ってビルの高層階から外の風景を見るのが好きだった。東京タワーでも、東京都庁でも、サンシャイン60でも、大宮ソニックシティでも。だから敢えて好きな建物を挙げるとしたら「高いビル」かな。
 
 
本当はもっと熱く語りたかったけど、思うようにいかなくて、ごめんなさいね。建物の存在が当たり前すぎて、考えたこともなかった。でも、今まで考えたことのないことを考えるのって楽しい。
 
もっと、たくさん、いろんな経験をして、好きな建物を聞かれたら、心から即答できるようになりたいな。
 
 
このバトンをゆとり世代は四畳半の夢をみるか?の高岡さんに回します。
お題は「女の子の髪型」でよろしくおねがいします。
高岡さんには、「id:KIPPLEキップル)」というネームを使っている僕としては、勝手に親近感を味わっています(笑)*1高岡さんの文章、楽しみにしてます!

毎日がテスト期間

浪人しているので、いわば「毎日がテスト期間」だ。僕は4月からの一年間、受験勉強だけしていればいいのだ。でも思うように行動に移せない、人間だもの。


高校のテスト期間の思い出が頭をよぎる。テスト期間って異様に「やりたいこと」が出てくるよね。たとえば僕はテスト期間に小説を書いたことがある。「やらなくちゃいけないこと」から逃げて好きなことをやるのって楽しい。授業中にとる睡眠と同じくらい気持ちいい。


兎にも角にも、「毎日がテスト期間」である僕には「やりたいこと」がドンドン湧いてくるのだ。まさに「あれもしたい、これもしたい」という状態。

夢


「大学に入ったらアレもやろうコレもやろう、ウフフ」なんて夢を膨らませているけど、現役で大学に進学した友達をみていると高校時代に言っていた夢を実現した人はいないので、どうやら夢は叶うことなく夢のままで終わってしまうようだ。


バイクに乗ったり、クロスバイクを買ったり、一眼カメラを買ったり、ドールを買ったり、大好きなエロ本を集めたり、留学したりしたいのだけれど、叶うとしても1つだけだろう。時間もお金も限りがあるのだから、何かを削らなくてはいけないのは分かっているけど辛い。「どれかを選ぶなんてできないよ」というのが今の気持ち。


大学に進学したら、今の夢はどのくらい叶っているのだろうか。今は勉強に専念しなくちゃいけないのに、こういう時こそ、やりたいことがドンドン出てきちゃうんだよなぁ……


マシュマロ実験(マシュマロじっけん)、またはマシュマロ・テストとは、子ども時代の自制心と、将来の社会的成果の関連性を調査した著名な実験。スタンフォード大学の心理学者・ウォルター・ミシェル(英語版)が1960年代後半から1970年代前半にかけて実施した。
幼稚園の4才の子ども186人が実験に参加した。被験者である子どもは、気が散るようなものが何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座るよう言われる。机の上には皿があり、マシュマロが一個載っている。実験者は「私はちょっと用がある。それはキミにあげるけど、私が戻ってくるまで15分の間食べるのを我慢してたら、マシュマロをもうひとつあげる。私がいない間にそれを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出ていく。
子どもたちの行動は、隠しカメラで記録された。1人だけ部屋に残された子どもたちは、自分のお下げを引っ張ったり、机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗した。小さな縫いぐるみのようにマシュマロをなでたり、匂いをかぐ者もいた。目をふさいだり、椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする者もいた。映像を分析した結果、マシュマロを見つめたり、触ったりする子どもは結局食べてしまう率が高いこと、我慢できた子どもは目をそらしたり、後ろを向いたりして、むしろマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があることが観察された。すぐ手を出してマシュマロを食べた子供は少なかったが、最後まで我慢し通して2個目のマシュマロを手に入れた子どもは、1/3ほどであった。

マシュマロ実験 - Wikipedia より)


僕はいま、まさにこのマシュマロ実験の被験者なんじゃないかと思ってしまう。未来を妄想して一時の快楽を得るのか、勉強して永遠の幸せを手に入れるのか。上記の引用を読むと、妄想なんかせずに頭の中から「未来のやりたいこと」を消し去るべきなのだが、難しいんだよなあ。


誘惑に負けたら落ちる、とりあえず妄想をやめるところから始めますかね。

弁当が旨い

ひょっとしたら家族が僕のブログを見ているのかもしれない。昨日、弁当が不味いなんて書いたもんだから、今日の弁当は美味しくなっていた。

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なんと、僕の大好きなパンダまであしらっているじゃないか。おかずも油っこくなくてヘルシーになってるし、大好きな玉子焼と唐揚げがある。

やっぱりこのブログをみているのだろうか、少し怖くなってきた。今までも「誰に見られても大丈夫な内容」しか書かないと決めてバレるときを身構えていたけど、バレたかと思うと想像していたより体にくる衝撃がハンパない。

じゃあ家族が見ていることだし、ひとつ言っておきましょうか。

今日の弁当、量が少なかったよ。

それだけです。「ありがとう」なんて言いませんがな。量が少なすぎて、食べ終わってもお腹が空いてるよ。明日も今日を超える弁当をお願いしますね。

以上、僕の貴重な昼休みを割いて書いた今日の記事でした。

弁当が不味い

今日の母の手作り弁当は一段と不味い。贅沢を言っているだけだろうか。いや、ホントに不味いのだ。口に含んでも飲み込むのが辛い。自分でもビックリしている。味が薄くて感じられないし、お米から変なニオイがする。

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米の上に、タマネギと豚肉を一緒に炒めたものを載せているだけのシンプルな弁当。シンプルすぎるだろ。

母の料理は基本的にテキトーだ。餃子やハンバーグはいつも冷凍食品だし、CookDoとかのキットを愛用している。今日の弁当も冷凍食品を詰めてくれればよかったのに。

ただ、テキトーな料理を食べ続けていると、本当に旨いものを食べたときの幸福度がハンパないし、高い食材と安い食材の見分けができるようになる。特に醤油は分かり易い。高い醤油は味が濃くて風味がある、ホントに。外食したときも、美味しくて思わず笑顔になってしまう。家の食事で笑顔になるなんて滅多にないけどね。

あと普通レベルの手料理を食べただけで感動できる。高校生のとき彼女の家で食べたオムライスは感動したわ。僕の家のオムライスはライスがボサボサしていてケチャップの味しかしない、辛いよ。

はて、不味い飯を食うメリットについて述べてきたけど、今日の弁当はどうしようか。母親に「不味かった」なんて言うと「文句があるならお前が作れ」って言ってくるんだよなぁ。大人しく食べるかぁ。食べられなかったらトイレに流そ。

その昔、おじいちゃんが生きてるときに言ってた「昭和の弁当」のエピソードを思い出す。おかずは梅干しだけだったらしい。ラッキーな日はたくあんもあったらしいけど。

※参考画像
ザ・昭和弁当

そういう話を思い出して、恵まれている平成に生まれた僕は、今の環境に感謝しながら、とりあえず頑張って不味い弁当を完食しようとするのであった。

無限ループ?

男子校の高校を卒業して半年以上経った。でも高校の友達から「彼女ができた」という報告は全くない。最初は僕がみんなから信頼されてないから教えてくれないだけだと思っていたけど、みんなのTwitterを見るとどうやらそうでもないらしい。クラスで唯一「モテ男」と称されていたバスケ部の部長でさえいないようだ。現実は厳しいんだな。

というより僕の周りに恋人がいる人がいない。予備校の友達も、姉も従兄弟も。

アニメのキャラクターを「嫁」と言っている奴は予備校に大量にいる。あんまり関わりたくない種族だ。そういえば、学校が始まったときの自己紹介イベントで第一声が「はじめまして、ラブライバーです!」だった彼とは、あれ以来話していない。

世の中には「恋人ができる世界」と「恋人ができない世界」ってのがあるんじゃないか、なんて思ってる。僕はもちろん後者の人間。

僕は恋人とかそういうのは諦めている。え?逃げてるだけだって?そうかもしれない

ただ、小学校の体育でペアを組まされたとき僕が余ったことがあって、そのときから「僕はこの世界にいてはいけないほうの人間なんだな」と思ったことはある。これは心の底から思った。

でも死ぬまでボッチは辛いよな。恋人がいない僕の友人達も、結局は誰かと結婚するだろう。僕もいずれは相手を見つけなくちゃダメなんだろう。はぁ、いまから憂鬱。

カワイイ人なんて僕の所に来てくれるわけないし、きっと嫁さんは「この世界にいてはいけないほうの人間」で、生まれてくる子供も「この世界にいてはいけないほうの人間」なんだろうな。

何百年後も何千年後も、僕の子孫はそういう人なんだろうな。

授業参観

小学生の頃、授業参観が嫌いだった。人の目を異常に気にかける母は「授業中は背筋を伸ばしなさい、上から紐で吊られているようにピンッと伸ばすのよ」なんて前日に言ってくる。教室の後ろに飾ってある僕の絵や書道の作品にもケチをつけてくる。家に帰ると「恥ずかしくて、お前のだけ剥がしてきたかったわ」なんて言われる。だから嫌いだった。でも、僕のクラスメイトはそうでもなくて、授業参観を楽しみにしていた。お母さんが来たら頑張って手を挙げる友達や、後ろで観ている親にピースサインを送っている友達がいたのを覚えている。

「授業参観が楽しみ」っていいな、と思う。ないものねだりだろうか。僕が子供の授業参観に行くようになったら、絵が下手でも褒めてあげるし背中が丸まっていても気にしない。いや、普通の親はそうだよな。

母は世間体を気にする人だった。そしてとにかく見栄を張りたがる人で、そのために僕を学級委員にしたり生徒会に入れたりした(そんなことで見栄を張るのもバカな話だけど……)。自由研究や読書感想文も母が教師ウケを考えて作ったものを出して良い賞を取った。

今考えると、あのとき頑張ったことは今になると何の意味も無くて、「何やってたんだ」というカンジ。そもそも僕の力ではないし。見栄を張るために生きるなんて、外から見たらちっぽけでくだらない。

母親の反動もあって、僕はあまり世間体を気にしない人間になった。もちろん、人の気持ちは考える。でも人の目を気にして見栄を張ろうとしたり、人に変わり者と思われるのを恐れたりするのはしない。

悩み事というのは、ほとんどが人からの目線を気にして起こるものじゃないだろうか。人にどう思われてもいいなら、大抵の悩みはなくなる。だから、世間体を気にしないようにすると随分とラクになった。

「気にしたら負け」という生き方も良いもんだぜ。というより、無能な人ほど肩書きや過去の経歴を気にしている。

風邪で寝込んでいたら、エロ本が母親に見つかった話

昨日まで風邪を引いて寝込んでた。最近寒くなってきたにもかかわらず「浪人生にオシャレなんて関係ない」という信念のもと、上着を着ないで予備校に行ったら風邪を引いた。予備校に行くと、未だにTシャツを着ている人もいるのだけれど、僕には寒さへの耐性が付いてなくて無理だったようだ。寝込んでいたせいで、3日間風呂に入っていない。電車の中で文章を書いているのだけれど、周りの人に臭いと思われていないか心配だ。予備校に行けば僕より臭い人が何人かいるから安心なのだが……

 
寝込んでいるとき、引き出しに入れておいたエロ本が母親にバレた。知っている人もいるかもしれないが、僕の趣味はエロ本集めだ(こういう話が嫌いな女子たち、ごめんね)。小遣いの半分はエロ本に使うようにしていて、蔵書はもうすぐ50冊になりそうだというカンジ。その中の一冊を、読んでいる途中だったから引き出しの中に入れておいたら、母親に見つかった。ただ唯一の幸いは、その本がエロ本の中でも割とマイルドな「コンビニ誌」だったことだ。ロリ系じゃなくて本当によかった…
 
あらかじめ、親にエロ本が見つかった時の言い訳は考えていたのだが、母親のエロ本への反応は僕の予想をはるかに超えた、あっさりとしたものだった。
 
エロ本が見つかったら「僕は決められた小遣いの中でエロ本を買っている。それの何が悪いんだ」というカンジの、開き直った態度で行こうと思っていた。ただ、母親は既にそう思っていたようで、母に「エロ本を買う=悪」という認識は無かった。
 
僕が自分の部屋で寝ているときに、母親が僕の部屋を掃除していた。そしてエロ本が入っている引き出しを開けてしまった。
 
ガラッ(引き出しを開ける音)→笑いながら「あらら」と発言→引き出しをそっと閉じる→「ごめん、見ちゃった(笑)」と発言
 
なんというか、ものすごく怒鳴られて家族会議にでもなるのかと思っていたけれど、真逆の反応でびっくりした。母ちゃん、ありがとう。
 
この事件(?)を受けて、母の優しさというか素晴らしさというのか、偉大さを身にしみて味わった。僕も将来子供のエロ本子供のエロ本を見つけても寛容な態度をとってあげようと思った。そして僕から読者の皆様へのお願いなのだが、もし息子さんがエロ本を持っていても許してあげてください、きっと息子さんはあなたに計り知れないほど大きな感謝の念を抱くでしょう。
 
そういえば、結構前にネットで話題になったけれど同人活動をしている人が親にそのことをカミングアクトしたら、親が応援してくれるようになった」ということもあった。親に正直に話すのもアリかもしれへんな(エロ本の場合は別か?笑)
 
いずれにしろ、久々に母親の良さを知った1日でございました。

頑張る、頑張れ、頑張らないと。

毎朝、電車の窓から「苦しんだ分だけの幸せはある」と書いてある予備校の看板を見る。通っている塾は違うけれど、その言葉を見て「今日もがんばるぞ」と自分を励ます。今月から赤本を解きはじめているが、結果はボチボチ。今月中に受験校を決定して予備校に報告しなければならない。

このまえTwitterで「高すぎる目標は現実逃避だ」というツイートを見かけた。

今思えば、4月に超難関のT大学*1を志望したのは、現実逃避するためだったのかもしれない。

偏差値が思うように伸びなくて、志望校を下げざるをえない。一応成績は伸びているのだけれど、模試の結果を見るとT大学の合格可能性はEだ(一番低いランク)。頑張ってきたつもりだったけど、自己満足していただけで、ぬるま湯に浸かっていたんだろうな。本当に受験勉強を頑張っているのなら、こうしてブログを書いていることもないだろうし。


「頑張っているときに『がんばれ』って言われるのは辛いからやめて」と親に話したら「お前、がんばったことないやん」って返答が来た。半分冗談で言ってきたのだろうけど、笑えなかった。


甲子園って、負けたチームの人は泣きながら球場の土を袋に入れるじゃん。ああいうのを見てると「俺って、失敗したら悔しくて泣いちゃうくらい一生懸命やったことってあるっけ?」って考える。


受験生活は残り二ヶ月半。「辛いところで頑張れば、本当の自分が見えてくる」って修造も言ってたし、頑張ってみるかなぁ……

いや、頑張るしかないよね。

*1:東京大学ではございません